Story-6 「カヨの生涯」

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「カヨ、カヨ」

呼び声がした。小学生が集まっている。子供達は犬に給食のパンの残りをやっていた。

「カヨって犬の名前なの」

「うん。みんなそう呼んでいるよ」

「カヨって人の名前みたいだけど、なんで」

「う~ん。わかんない。ずっと前からこの犬、カヨだからさ」

カヨはハフハフとパンの耳を食べている。時折みあげる顔が笑っているように見えた。首輪をしていない。野良犬なのだろう。

「じゃあな。カヨ、バイバイ」

子供達は手を振って行ってしまった。カヨはパンを食べ終わるとちょっとだけ私を見上げ、食べ物がないと分かると旧東海道沿いをどこかに消えていった。

当時、私は全寮制の高校に入っていて自宅のある袋井には週2回帰って来る程度だった。そんなわけでカヨの日常を実はよく知らない。聞くところによれば、カヨは川井から堀越辺りを歩いている事が多く、宇刈川や太田川の河川敷がお気に入りだった。何かの雑種で茶色い毛の小型犬である。カヨは後脚が無かった。両足とも切断されていて前脚でお腹を引きずるようにして歩く。

噂では昔、一人暮らしのお婆さんの座敷犬だったと言う。飼い主のお婆さんが亡くなり、引き取られたが逃げ出し、空き家となった家の庭でしばらく暮らしていた。カヨという呼び名はひょっとして元飼い主のお婆さんの名前なのではないか。座敷犬だったカヨは車の怖さを知らず、事故で後脚を無くしてしまう。家は人手に渡り取り壊されてしまった。

確かめる人もなく噂は噂でしかない。カヨはトラックが通ると激しく吠える。他の車種に反応はしない。噂は案外真相に近いのかもしれない。

誰かが野犬の苦情を申し立てたのか「保健所が野犬狩りをする」という話が町に流れた。桜咲く春の事である。並木が葉桜に変わった頃、子供達がシロ、ブチと呼んでいた野良犬の姿が消えた。

カヨは?生きていた。小学生からパンの耳をもらいハフハフと食べているカヨを見た。賢く逃げ切ったのか、あるいは保険所の職員が後脚の無いカヨを憐れと思って見逃したのか、いずれにしてもカヨは生き延びた。

私は大学に進学し、東京から袋井に帰ったのはそれから1年ほど過ぎた冬だった。

「そういえば、カヨどうしてる」

久しぶりにあった地元の友人に聞いてみた。

「カヨかあ。河川敷で死んでいたらしいよ。腹が膨れていたって。フィラリアだったんじゃないか」

辛い事、悲しい事があると私はカヨを思い出す。

「カヨに比べればかすり傷」だと。

<ショウゴ>




 
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