Story-9 「樹を切る」

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木立に囲まれた石畳の先に玄関があった。呼び鈴を押す。

「どなたかな」

「近所のNです。ご相談があって伺いました。年末に庭を整備します。古い桑の樹があって切って良いものでしょうか。祝詞をあげて頂きたいのですが」

「ふむ。樹も生きモノじゃからな。無暗に切ると家に災いを成すことがある」

「では、切らない方が….」

「いや、理(コトワリ)を尽くせば、あの樹なら切ってもよかろう。息子が祝詞をあげるまでもない。日を観てお札を描いてあげましょう」

物心ついた時に樹は庭にあった。既に老木だった。市の天然記念樹の指定を受けている。表面は節くれ皮がササくれ鱗のようだ。洞(ウロ)があり春になると雑草が茂り、花が咲く。小春日和には近所の猫が洞(ウロ)に座り顔を覗かせていることもある。北から南に向かってうねるような幹は龍のようにも見える。

切るのか。切らぬか。悩みの切掛けには訳(ワケ)がある。浜松のある霊能者と話しをしていた時の事。

「ところで」と霊能者が絵を描き始めた。

「このような駐車場をお持ちですか」

「来年。この屋根が崩れて車が傷つきます。頑丈な作りにして下さい」

車庫の設置を計画中だった。当初案では安くあげようと工務店のアーチ型屋根を考えていた。後にハウスメーカーによる太陽光発電パネル付きの頑丈な車庫に変えた。絵は工務店の提案していた屋根と同じだった。

「それなら大丈夫でしょう」

ハウスメーカーの名を告げ今の設計図を見せると霊能者は頷いた。けれど何故、駐車場の屋根が車を傷つけるのか。来年想定外の突風が起きるのかもしれない。だとすると車庫の横にある数メートルのシュロの樹と崩れかけている桑の老木も危ない。シュロは既に電線に触れている。毎年桑の樹に集る虫は太陽光パネルを汚す恐れもある。

切ろう。決めたが不安があった。それで近所の神主さんに相談することにした。

「お札を南面に向け、切る前に塩で清めなさい」

「切るには12月3日が最も良い。天赦日と言って切っても許される日です。ダメなら11月25日でも良い。祝詞をあげるまでも無い。酒も無用。塩で清め感謝の意を伝えれば良い。」

工事日程の兼ね合いから儀式は11月25日土曜日午後に行った。根元と幹に塩を振り、手で触れて感謝の意を伝えた。

「いままでありがとう」

翌週、樹は切られ我が家の空が広くなった。年末にはエクステリアが完成する。子供の頃の思い出がまた一つ消えていく。

<ショウゴ>




 
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