Story-1 「次女諜報部員をクビになる」

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宇刈川の堤防に咲く桜が散り、気象庁から東海地方の梅雨明け宣言が出て間もない頃である。庭の夏草が背を伸ばしている。昼食を終え少し蒸し暑くなってきたリビングで私たちはお茶を飲んでいた。
「ねえ、なんだかMの帰りが遅くなったと思わない」
唐突に話を振られた私は庭から妻の顔に視線を移した。
「え」
「ほら、昨日の夕食にも遅れて帰ってきたでしょ」
「う~ん、まあ、そういえばそうかなあ」
「そうなのよ。休みの日も出掛けるのが増えたと思わない」
「今週末もどこかに行くらしいな。で、どこへ行くか聞いた」
「聞いたけど。『ナイショ』だって」
「う~ん。変だね」
長女Mは私立の中高一貫の女子校に通っている。小学校6年の秋から私がビシバシ鍛えてお受験をした。時間もなかった。「お情け無用のスパルタ親父」と今でも家族全員から非難されている。入学叶った解放感からまさか弾けてしまったわけではあるまい。ソファーに寝転んでポテチを齧っていた次女がウフフと笑いとんでもない事を言い放った。
「姉ちゃん彼氏ができたらしい」
ギョッとして妻と目が合った。疑念が確信に変わった瞬間である。
「あなた。どうする」
「どうするって…ピアスしているような妙なヤツは認めん」
「あのねえ、ピアスしているかどうかわかんないけどね。連れてきたらどうする」
「『こんにち』の『は』まで言わせず、庭先で投げる」
私は中学時代から柔道初段、英検2級、そろばん3級の腕前である。さらに乗用車は免許皆伝。青色なので浜北まで行って3年ごとに更新している。
開け放たれた窓からの風も失せ、張りつめた空気の我が家のリビングは急遽、作戦本部に姿を変えた。次女情報によれば敵は通り二つ隔てたモスバーガーでバイトをしているらしい。
「見てこようか」
次女は手を出した。
「工作資金」
国難である。危急存亡の危機。防衛予算を追加修正し、言われるがまま軍費を手渡した。
待つ事数十分。口のまわりをトマトソースで染めた次女が帰還した。
「姉ちゃんの彼氏、背が高い。ココリコの田中にちょっと似てる」
後日、全くの別人であることが判明。次女は諜報部員をクビになった。
時が流れ、長女Mは昨日29歳の誕生日を迎え皆でケーキを食べた。浮いた話が無いではないが、まだ結婚はするつもりは無いらしい。

<ショウゴ>




 
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